このコーナーは平成17年2月初旬から休止しておりましたが、11月下旬から再開をいたしました。
休止期間中にも世間の動向等、いろいろ感じる出来事などはあり、記録にとどめておりました。現在、それらを徐々に公開しております。
そのため、今頃こんなことを書いているのかと思われると思いますが、ご了承下さいますようお願い申し上げます。
このクローズアップ現代に出てきた、教員の態度や思想を見て、若年層が野獣並に荒れるのか、淪落がどうしてなのか納得しました。
成人式での荒れよう、学級崩壊、電車やバスなど公共交通機関における車内でのマナーの悪さ、未成年による殺人等凶悪犯罪など挙げればきりがありません。
無秩序・道徳観欠如などは今や至る所で見られますが、これらは当然の結果であると言えます。
彼らは無智ではありません。逆です。学校で学ぶことを律儀に忠実に実行するのですから、ある意味では怜悧な頭脳を持っていると言えましょう。
教員が無分別に無制限に内心の自由を訴えるのですから、生徒も「内心の自由」をどこまでも大事にするのです。
— おれには成人式で騒ぐ自由があるんだから、静かにしろなんて命令で縛り付けんな。
— 授業中、教室をフラフラしてぇんだからー、座れなんて強制すんじゃねぇ。
— わたしゎ、電車の中で携帯電話で大声で話したいしー、『車内での携帯電話はマナーモードに切り替え、通話はお控えください』なんていちいち命令すんじゃねーよ、うぜーんだよ
— こいつマジブッ殺してぇ。殺す自由があるんだから、やめろなんて強制するんじゃねえぞ。俺の内心の自由を大事にしろ。
これらは普通では考えられない屁理屈であり、私も例えを考えていただけで、多大に労力を浪費し、脳味噌が熱暴走を起こしそうです。
それだけ捩れ拗れのある無理な思想(?)であるわけです。ですが、公教育ではこうした無理のある自由というものを教えられるのです。
公の場において、歯止めが利かないほどに私的空間が拡大され、秩序が乱れているように、みなさん、お感じになりませんか。
でも、あの教員達の言い分、行動をみればわかります。
公務員という公の身分でいるところの場に、己の主義・主張・信念、つまり私情を、場をわきまえずぶちまける。
幼稚園児・保育園児じゃあるまいし、わがままやりたい放題の野放図です。
この姿、どうでしょう。輓近の若年層とまったく同じではないでしょうか。カエルの子はカエルではありませんが、悪魔は悪魔を作り出します。
教員は「自由」という聞こえのいい言葉を表面に、いや、盾にして指導を行いますが、 裏の本音としては「無秩序」、すなわち「破壊」することを目的として教え込んでいるのです。
それはどうしてか。日教組(はじめ反日サヨク組織)は、現在の日本の自由な資本主義社会の解体を目指し、共産主義、社会主義、すなわち、北朝鮮や中国、そして、現在の親北体制の韓国と同体制にしようと企む組織であるからです。
共産主義、社会主義というのは日本共産党や旧社会党、中国共産党などをみればわかります。
表向きは奇麗な言葉で飾り立て、一見、道理にかなっているかのようなことを言います。
しかし、ウラには隠された意図があります。騙しの技法です。
国体を転覆させ共産主義革命を完遂するために彼らは努力しているのです。
日本国を共産主義体制国家にするよう目指して努力する者には、道徳感などがあってはいけないのです。情に流されるような心を持っていてはならないのです。
なぜか。共産主義革命を完遂するには、正道で無く邪道、ウソをついたり、人を騙したり、時に残忍非道な方法で進めなくてはならないときがあるためです。
情に流されるような心、道徳心を感じていては、共産主義革命が達成できないためです。
これはレーニンの教義です。
現在、公立学校から道徳の授業が消えているのは偶然ではないでしょう。こうした思想背景があってのことと思われます。
日教組の教員が、非常識な言動に走るのも、このレーニンの教義にかぶれているためです。
今、この日本国において、道徳感や倫理観が欠如した事件・事故が多発し、頽廃しているのは、日教組が連綿と破壊教育を行ってきた結果と言えましょう。
すでに戦後60年。今の子供、そしてその親、またその親、すなわち、今の子供達の祖父母の世代から破壊教育が続いてきているのですから、おかしくなるのも当然といえば当然です。
人間らしい温もりが感じられない、そう思える人が増えているのは、絶対に偶然ではありません。
しかし、振り返ってみると、私が高校生だったころには、こんなミョウチクリン教員は多くなかったように感じます。
たまたま私の周りにいなかっただけなのか、私の視野が狭かったかのどちらかだとは思うのですが、今の公立学校教員というのは想像以上に酷いもののようですね。
私は今も覚えていることがあります。それは高校の時、体育の担当だった恩師です。
いつも正当な理由無く授業時間に遅れてくる、だらしがない生徒がいました。何度口頭で注意しても反省のそぶりなく変わりません。
そして、その日、その生徒は案の定、遅れて授業に出てきました。そこで、ついにその体育教師は怠惰な生徒に平手打ちを食らわし、はっ倒したあとで静かにこう言ったのです。
「何度口で言ってもわからないやつには、体でわからせるしかないだろう」
いい先生だ、と私は感じたのです。そう感じた私はおかしいのでしょうか。
このクローズアップ現代に出てきた教師ならば「遅れて授業に出る、という生徒の内心の自由を、平手打ちをくらわして処分するというやり方は納得できない」とかなんとか言いそうです。
そんな阿呆なことがありますか。いえ、実際、そういう阿呆理論がまかり通っているのが、現在の公教育の現場です。
こういうおかしな理屈を平気で垂れ流し生徒を洗脳する、日本国社会において全く利益にならない公教育教員に対し、税金で以って雇う必要がどこにありましょうか。
不利益ばかりもたらす公立学校の買辨教師は即刻解雇していただきたいと願っております。