ねごと・たわごと(平成16年)
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イラク人質殺害

平成16年10月31日

報道で皆さん御存知の通り、イラクで武装勢力に拘束された香田証生氏が殺害されてしまいました。誠に残念な事件です。

外務省の警告を無視してイラク入りしたのですから、自業自得だと思いますが、妙な感じですが、そう言って突っぱねてしまう事にやや戸惑いがあるのです。

やはり、今年4月に起こった、高遠、今井、郡山の3馬鹿人質事件と比べてしまうからでしょうか。

香田氏が映っていたビデオには「すいません。日本に帰りたい」というメッセージがありました。恐らくたったこの一言だけで、3馬鹿人質事件のような世論からの反発がなかったのではないかと思います。

そして家族の方も、3馬鹿家族のように謝罪する前に自分達のイデオロギーをぶちまける様な愚行も見られませんでした。世の常識にあう言動でした。

香田証生氏の死は勝手に危険地帯に入っていったのだから当然の結果といえば当然の結果ですが、かなり美化して考えれば、3馬鹿人質事件が茶番だったことを証明してくれたようにも思えるのです。

あの3馬鹿人質事件の時に騒いだ市民グループの存在が気になります。

命の尊さを訴える市民グループがあります。3馬鹿人質事件の時には驚くほどの速さで街頭に立って署名をし、不思議なことにデモ行進まで行っていました。

しかし、香田氏が人質になった時はどうでしたでしょうか?

何の騒ぎもありません。

今回も3馬鹿の時と事態は同じなのですから、平和を訴える市民グループ、命の大切を訴える市民グループが出てきて大騒ぎするところじゃないのですか?

あの時騒いでいた市民グループはどこへ行ってしまったのでしょうか。

本当に平和を訴える市民グループだったら、3馬鹿人質事件の時のように真っ先に街頭に出て署名活動なりなんらかの行動を起こしているはずでしょうに。

あの時騒いでいた市民グループは活動家、似非の平和愛好者と考えるのが自然でしょう。

やはり、3馬鹿人質事件はあの3馬鹿とその家族達が中心になって仕組んだ、サヨクの組織的犯行だった可能性が濃厚になりました。

それに、今回の香田氏を拘束した武装グループの要求と、3馬鹿人質事件の時の武装グループの要求は「自衛隊の撤退」であり全く同じです。

香田氏は殺害されて、なぜ3馬鹿は殺されなかったのか。不思議なところですが、やはり3馬鹿達の茶番劇であったとすれば説明もつきます。

香田氏よりも3馬鹿が殺されればよかったのに、と思った方も多いのではないかと思いますが、皆さんはどんな感情をお持ちになったでしょうか。

今頃、あの今井・高遠・郡山の3馬鹿本人とその家族達は震え上がっているのではないでしょうか。

イラクで活動する自衛官や報道関係者に、新たな犠牲者が出ないことを祈るばかりです。