9月9日にちなんで救急車 なんちゃってぇ

Sep/9th/2000

【I Love YOKOSUKA】

急激に気温が低くなっちゃった関東地方。 おかげで、鼻から水が垂れてきますな。ペロペロペロペロリン。しょっぱ。


先週の9月2日、東京地方は37℃の酷暑。残酷なほど暑い。だから酷暑。人間に例えて言うなら微熱状態。保健室の先生から紙を渡されて、元気にさようならが許される状態ですがな。今年の太平洋高気圧の勢力は強い。その精力を少しは俺様に分け与えたまえ。


「残暑」というのだから、当然ながらこんな日がしばらく続くと思うのが下町人情というもの。なのにだ。その下町人情を裏切り、一夜にして秋めいた。そんな予報を微塵のかけらも聞いていなかった私は、エアコンドライフル回転、タンクトップでおなか全開、扇風機ぐるんぐるん、よだれだらっだらの、熱帯夜仕様で、ミシェルの子守歌を聞きながら、おねんねちてたの。


すると早朝、トイレで目が覚めた。う〜、俺もジジイになったもんよ、こんな明け方に、もよおすなんてさ。「お〜いばあさん。ばあさんや。すまんがそこにある尿瓶とってくれんかのう」「あら、やですよおじいさん、それは土瓶じゃありませんか」


違う。ジジイになったから近くなったんじゃない。この寒さのせいだ。なんだ、この寒さは。お〜頭イタッ、のどイタッ。う〜さぶさぶさぶ。エアコン効き過ぎ。見れば温度計23.8℃。なんだこの効き具合は。そう、外気が低すぎなのだ。


日中になってわかったこと。最高気温は24℃までしかあがらなかったのだ。つまり、一日にして10℃近くの気温差が発生。これじゃ、体が順応しません。でもって、瞬間的に風邪気味だったわけです。


そんな冷たい秋雨が強く降る9月5日、お外に出ることにしてみました。異常気象のときに外に出たくなるのは今に始まった事ではないのです。ウズウズムズムズ。


で、車を操縦し、さてどこへ行こうかと考えた結果、久しく行っていない、生まれ故郷である横須賀へ行ってみちゃう事にしたのです。今年の夏は海にも行かなかったし、海が恋しくなっちゃってねぇ。似合わない。でも、横須賀で生まれた自分は、海を見たくなるってもんさ。雨の日の海もいい。


そんな訳で「制限速度・法定速度遵守」の私は、ワイパーの拭き取りがめちゃくそ悪い視界良好な車を平均15キロオーバーの超安全運転でかっとばし、ブライアン・セッツァー・オーケストラの曲で踊りながら、Route16を南下、保土ケ谷バイパスの渋滞でいらつき、横浜横須賀道路、通称、ハマスカ道路を走行したのですな。


荒崎や長浜海水浴場といった名所をふらふらした後、そのまま帰ろうかと思ったのですが、何かに取り付かれるように、幼稚園まで住んでいた久里浜へと向かいました。開国橋という、東京湾がデ〜ンと正面に見えるワイドビューな交差点を直進すると海に突っ込むので、左折をして、幽霊が出るというウワサのないトンネルを抜け、そのまま浦賀へ行き、観音崎まで足を延ばしてみました。ニューッ。お〜延びる延びる。ろくろっ足。


嵐。風が強くて、雨がふりつけます。海は波が高いねやっぱ。あ〜でも久しぶりの海はいいなあ。というドライブ記でした。


ではない。その帰り道。同じように浦賀を通って久里浜に抜けようと、今来た道を戻っていくと、前方に白い警察のワゴン車両。何人もの警官が乗車してます。そして停車。なんだよ、こんなとこに止めやがって、すれ違いが難しいじゃないか神奈川県警、とぶつぶつ文句をいいながら、ちょっと進む。


おや、今度は事故処理車。またも何人もの警官がご乗車の模様。事故処理車にこんなに人材を満載して走っているのを見たのは初めてだよ。ん〜、のろい。定員オーバーで重くて走れないんじゃない。ここは40キロ道路だぞ。おいおいいくら警察だからって30キロで走ることはないだろう。それに事故処理に向かうというのに、そんなにノロくていいんかい。でも赤色灯ついてねぇぞ。どこへ行きやガル。ゲル。


と、思っていると、以前に自分が住んでいた人里離れたゲジゲジやムカデ、ナメクジの繁殖地へ通じる狭い道へと入っていなくなりました。せっかくなので、同行しようかと思ったのですが、午後2時半になろうとしているのに、おまんまにありついていないので、中止。


そのままハマスカ道路の最寄りインターチェンジまで行ったのですが、主要交差点の歩道に警官が立ってます。へっへっへ、おいたんはちゃんとシートベルトしてるもんねぇだ。 しかしなんだ、たまにスーパースター(ダスト)が横須賀へ帰ってきたからって、そんなに歓迎すんなって。


で、家に帰ってきてニュース。「今日午後1時半ごろ、横須賀市の少年院から少年が脱走しました」。


!?


横須賀の少年院といったら、久里浜少年院。俺も入ったことあるぞ!!! そうか、あの警察車両は脱走少年を探していたからあんなに捜査員満載で走ってたわけか。交差点にいたのはシートベルトチェックじゃなかったのだ。


実は、この久里浜少年院、マイファーザーが一時勤務していた建物のすぐ隣にあって、私の住んでいた宿舎から1キロの至近距離にありました。私も、この少年院に入ったことがあります。というのは、私が幼稚園に通園している頃に新しく建設された施設で、完成直後、まだ受刑者が入院する前に一般公開され、母親と一緒に独房などを見に行った記憶があります。


そして、ほどなくして受刑者が入院しはじめたのですが、やはり脱走事件が発生し、隣接の建物内にも潜んでいる可能性もあるということでしょうか、夜遅くに父も召集させられ、みんなが日本国旗を降る中、泣きながら敬礼して見送ったものです。もちろんウソですが、母親と寂しく怖い思いして夜をすごしたのは覚えてます。


次の日、危険性があるということだと思うのですが、宿舎に住む幼稚園児はすぐそばの公園に集められて、そこへ若いお巡りさんがやってきて、一緒に遊んでもらった事を覚えています。無線をいじらせてもらった記憶があるのですが、その時、捜査は混乱しなかったのでしょうか。もう時効だね。


結局その脱走者は、少年院からすぐ近くのテトラポット(魔法瓶の仲間じゃない)のすき間に隠れているのを発見されたそうです。真冬のさなかの事ですから、さぞ寒かったことでしょう。


ところで、今回の脱走者はまだ捕まっていません。新聞を読みましたが、刑期は終わっていたにもかかわらず、受け入れ先が見つからなかったために、出所が遅れていたということが書かれてありました。もう少し我慢できなかったのかと残念な気持ちです。この脱走少年の犯行と見られる傷害事件が起きてます。どういうわけか、この事件は他人事のように思えません。どうか、これ以上事件を重ねず、一日も早く警察に出頭するよう願っています。

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